Never stop exploring. Who dares wins.


by g999er

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'82年東京生まれ早大卒。小心者の見栄っ張り。臆病者の命知らず。
'04年夏、カンボジアにて完全無防備、スコップのみを使用し地雷除去を敢行。
'05年はアフガニスタンにてアルカイダとニアピン。'06年、軍艦島上陸。

アジア・中東累計約30カ国程訪問。忌野清志郎のライブ主催などイベント企画。色んなことをしながら現在都内の広告代理店勤務。

こんな本にも載ってます。
http://amzn.to/b01Jqt

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→2010チュニジア/モロッコ
→GO for Afghanistan
→最後の行軍
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モヤモヤ

品川のビル群の中ではそう高くもない4階の喫煙室からモヤモヤの霧で見えなくなった建物を見て、自分が将来一体何になるのか、一体何になりたいのかと考えている。そして、一度は出した答えをひたすら握っては潰し、そしてそれを解答欄に書いては消している。

僕が一番嫌なのは、組織でしか自分を出せないような人間になることなんだと思う。組織力で勝負する人なんかにはなりたくない。でも少し気を抜けば、そうなってしまいそうな、世の中に甘えた自分がいることを僕は誰よりも知っている。

自分ひとりで、と思って飛び出したあの夏、あの日。とてつもない恐怖やとてつもないストレスと引き換えに手に入れた栄光は、少し自分の想像したよりも色が濃くて、もちろんあの経験が自分の人生で一番の財産といえるのだけど、それでもたぶん手に入れたかったのはこの、危険性に何かを求めるような取り憑かれた感覚ではなくて、あの時ふとした時に見た、何の変哲もない、真っ青な空にボーッとできる感覚だったのかもしれない。

それでも、僕は僕であるアイデンティティーとしてその経験を語らずにはいられない。だって、よくも悪くもそれが、自分が今までで一番命を削った瞬間だからだ。そして、そこまで考えると、自分にとって一番充実しているのは、命を削っているときなのかもしれない、と思えてくる。

実際に自分の将来を考えたとき、もう僕には二つの選択肢しか頭にはない。一つは、広告マンとしていわゆる普通の就職をすること。
もう一つは、フリーとして戦場を生業にすること。その二つしか、もはや選択肢にすらない。

そんなとこまで考えて、僕は新しいCAMELに火を点けて、少し体育座りをした。そして自分の右足と左足の間に三回へのへのもへじを書いて、ちょっと疲れた頭を休ませた。
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# by g999er | 2006-07-26 11:11 | 雑記

ERA

朝9時に品川のビルを出た僕は、とても愛のこもった黒いビゾンテの財布を取り出して、その硬貨入れの口を開けた。もちろんそこには宝の山、なんてことはなくて、昨日の夜と同じ、二枚の百円硬貨だけが悲しそうに音を鳴らしていた。

帰りの電車賃すらなくて、しかもお腹を減らしていた僕は、相方のマサキから一枚の、緑っぽい色をした万能な紙を借りて朝ごはんと換えた。そしていつもどおり食後にラッキーストライクを一服して、右から走ってきて左に走っていくバスに乗りこんだ。

JRの駅に着いた時に携帯電話で時間を見ると、大体午前10時になるかならないかくらいだった。普段なら、朝10時に都内にいるってシチュエ-ションだけでご飯3杯くらいいけちゃう僕も、さすがに今日は疲労が溜まっていて、おとなしく馬場経由で家路に着こうと思った。

気がつくと、山手線の三両目の後ろのほうで寝ていた。気がつくと、っていうのはとても適切な表現だと思う。目は覚めていなかったと今でも思うから。そう。そうなんだ。電車に乗った記憶なんて全くなかった。いつもの癖というか、もはやパブロフの犬的に現在地の確認をしたところから僕の意識は起きている。「次は~、目黒~目黒~」

何だ寝過ごしちゃったよ、なんて思って駅に着いた瞬間に窓から外を見たら、そこにはいっぱい人がいて、僕は窓ガラスを通してみんなに見られている気がした。そしてみんなが僕を見て笑顔になったり話のタネにしたりしている姿が目に浮かんだ。まるでその電車自体が大きな水槽で、僕がその水槽で生きる魚のように。

そう思ったら肺でしか呼吸できないのかもしれない僕は、急に胸が苦しくなって、仕方なく嗚咽とともにその水槽から出たんだ。そしたらすごく気分が良くなったのだけど、ゾッとしてもう戻りたくない自分は、その水槽に戻らなければいけないんじゃないかと思う自分にすぐに抑えられてしまった。そして僕は水槽に戻った。

携帯の時計は13:30と表示されていた。
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# by g999er | 2006-07-13 01:46

memo


現存する掲載記事一覧

WASEDAWEEKLY【展示企画「火器から花器へ」】
http://www.waseda.jp/student/weekly/contents/2004b/051m.html
クロスネット【早稲田祭2002】
http://www.xon.co.jp/xnet/special/intern/023/
リンクス【チャレンジ・エイズ2003~Know more AIDS】
http://www.waseda-links.com/interview/article/0311_aids/
リンクス【CAUTION! Elephant】
http://waseda-links.com/interview/article/0411_qoon/index.html

その他、過去の掲載媒体
高校時代:毎日、朝日、読売、東京新聞(全て1回)、月刊東京ストリートニュース(1回)、ズームインサタデー(2回)、TVおじゃマンボウ(1回)
大学時代:読売、東京新聞、日刊スポーツ、サンケイスポーツ(1回ずつ)
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# by g999er | 2006-07-07 14:12

豊かな国

土曜日、以前から観たがっていたヴェンダーズの最新作、LAND OF PLENTYを観に行った。

俺は映画のレポートなんて普段書かないけれど、この映画に関しては思うところがあったので徒然なるままに書こうと思う。

俺はこの映画を見終わった時、「面白い」ではなく「スゴイ」という感想を抱いた。正直期待より面白くなく、ヴェンダースの最高傑作なんて感じは全然しなかったので、風邪薬を飲んでいたのと重なったせいもあってか後半大分眠くなっていた。期待が外れたかなぁと内心思っていた。



そう、ラストを観るまでは。



ラスト、主人公二人がNYに行って、グラウンドゼロを見て、一言二言あって、MichelleWilliamsの演じるラナが涙を流す。最後の1,2分、カメラはグラウンドゼロと空を映している。主題歌が奥底まで響いてくる。



このシーンだ。



と思った。このわずかな時間のためにヴェンダースはこの映画を撮ったのだ、と。少なくとも、俺にはそう映った。「アンリアル」な映画の世界と現実のグラウンドゼロが交錯する。


そしてさっきHPを見ていたら、この映画のタイトルは、レナードコーエンの曲名をそのまま使っているのだという。音楽に合わせて映画を作っているのだ。存在感のある、ただの主題歌ではない。

もはやヴェンダースはただの映画監督では無い気がした。
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# by g999er | 2005-11-21 00:13 | Movie

うぃにんぐいれぶん。

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いや、ういにんぐとぅうぇるぶ。(朝立ちBLUES男部隊(他4人は宇宙へお使い中))

画像がガツガツなのは気にしないで。クリックして別ウィンドウを開くとキレイめ画像。

酒と夢を愛するステキな仲間達。中岡の靴下が汚いのはご愛嬌w


●追伸
15日発売のFLASHに清志郎ライブがデカデカ特集されとりました。実家にFLASH本社から届いてました。ありがとう中西さん。
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# by g999er | 2005-11-16 21:24 | 雑記

LAND OF PLENTY

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俺の大好きなwimwenders の最新作 『LAND OF PLENTY』 が22日、いよいよ日本公開。第61回ヴェネチア国際映画祭ユネスコ賞受賞という高評価を得た本作。
wenders自身、911の出来事がこの作品の下敷きになっているという。毎回社会を独特でありながら的を得た切り口から切り取る氏が、911やその後のアメリカをどう表現しているかが、非常に見物である。

さらりとストーリー紹介。

亡くなった母の手紙を伯父に届けるため、10年ぶりに故郷、アメリカの地を踏む姪、ラナ。誇り高き自由の地、アメリカを一人で守ろうとする伯父、ポール。

アラブ系のホームレスが殺される現場に居合わせた二人は再会する。ポールは事件の真相を突き止めるため、アメリカを横断するたびに出る。二人は、ロサンゼルスから最果ての地トロナを経て、夢と悲しみの町ニューヨークへ。

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# by g999er | 2005-10-17 03:12 | Movie

パンフレット05表紙コンセプト(学担用)


地に這いつくばっても常に上を見続け、決してその場の安定に甘んじることなく、挑戦することを止めない。それこそが、早稲田大学が設立以来高らかに謳う「進取の精神」であると私たちは考えます。その早稲田の本質は、いつの世にあっても早大生の心に刻まれ続けて参りました。そして早稲田の土壌を肥沃なものにし、学生文化を支えて来たのです。

早稲田祭は、そんな学生文化の発表の場として存在します。きっとこの土壌は、矮小ながらも愛すべきいくつもの人生劇場の展開によって温められ続けることでしょう。

挫折や失望、そして畏怖。様々な負の感情に押しつぶされそうになっても、野に在ることを恐れない在野の精神。打たれても打たれても夢へと邁進する強い意志。そんな愚直な「早稲田らしさ」が、パンフレットの表紙から伝われば、作者としてこれほどの幸せはありません。



























夢に誠実な人間ほど挫折を味わうことでしょう。夢に面と向かう人間ほど、その辛さを知っていることでしょう。夢にフラレた事のある人間でないと、


自分自身への妥協を許さぬ厳しさ



私たちは、今回のパンフレット表紙製作に際して、パンフレットの顔である表紙に、その脈々と受け継がれる早稲田の伝統を表そうと思いました。なぜならば、早稲田祭は早稲田を牽引する者が活躍する、早稲田文化の発信の場であり、その伝統を表すことは、早稲田祭や早稲田大学がどういうものか分かっていただくには最適であると考えたからです。

早稲田を支えているのは、紛れもなく挑戦し続ける人間たちです。その人間たちの顔は非常に堅固な表情をしています。表紙に写る女性も、その一人です。彼女の背中の背景はとても暗く、挫折や失望があったのかもしれません。しかしその眼は妥協を許さぬ厳しさを、その唇は強い意志を表明しています。


時代の潮流に柔軟に対応しつつも、早稲田大学という充分に肥えた土壌で旧きを尋ね、新しきを知り、あえて野に身を投げすべてを自らの糧にし、ひたすら邁進する。

私たちの考える「早稲田らしさ」とはそういうことなのです。ただ下駄を履いて学ランを着ることではないのです。


パンフレット表紙に写る一人の女性は、背景の暗さ、その洗いざらしの髪、うつむいた顔から、今にも対岸からの呼び鈴を鳴らされんばかりの危うさ、心を鋭くえぐる挫折感や失望感を感じ取られることでしょう。

しかし見てください。その瞳は、それでもなお希望を失わず、光を放っています。そしてその少しつむんだ唇は、どんな状況の中にあっても、決してあきらめず、自らの強い意志を表明(象徴)しているかのようです。

現在早稲田大学には、価値観が多様化する世の中にその身を落としながらも、その時代と逆行するかのように形式だけでも、と古きよき早稲田を守ろうとするものもいます。また、中途半端な気持ちで早稲田を歌うものもいます。

しかし、私たちパンフレットチームの考えるワセダニアンの顔は、決して横にも後ろにも向いていないのです。

時代の潮流に柔軟に対応しつつも、早稲田大学という肥沃な土壌で旧きをたずね、新しきを知り、あえて野に身を投げすべてを自らの糧にし、夢にひたすら邁進する人間がいます。

それこそが、何を隠そう「進取の精神」を全うせんとする真のワセダニアンであるのではないでしょうか。
私たちパンフレットチームは、どんな逆境に襲われようとも、挫折や絶望から立ち上がり、夢へと挑戦し続ける強い心を持つ人間を表現したのです。

云々。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

形式ばかりの早稲田の継承者なんてたくさんいる。ともすれば下駄を履き、バンカラを気取るだけで本質を捉えきれない人間のなんと多いことか。早稲田魂の本質を理解し、引き継いでいこうとする者のなんと少ないことか。


。その眼にはともすれば目が合うだけで立ちすくんでしまうかもしれない、情熱を燃やす人間の鋭い眼光を持つ。

早稲田を支える人間は、そういう人間なのだろうと思う。そういう人間の表情を捉えることで、私たちの早稲田に対する

パンフレットチーム一同

夢から目をそらさず、天辺に登ることをあきらめない。本質。
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# by g999er | 2005-10-14 04:07

誕生

最初に思いついた名前は、「世田谷BLUES」だった。

「なんで世田谷なんだよ。」と僕が世田谷と縁もゆかりもないことを知っているソウシ(副代表)は、さも不満そうにこぼした。僕は少し考え直してから、「じゃあ、朝立ち(朝勃ち)BLUESにする。」と言うと、彼は嬉しそうに賛成を表明した。振り返れば、やはりどちらもアホである。

ま、とにもかくにもA-BLUESは、こんな稚拙で矮小なやりとりから生まれた。

当時というほど昔でもないが、それでも今は昔、今年の春、僕たちはくすぶっていた。いや、燃え尽きていたと言ったほうが正確だ。なぜなら、前年度の2004年度には、ソウシは早大広研の幹事長、僕は早大企画サークルqoonの幹事長を務めており、激務とストレスに終われる日々だったからだ。「この一年が終わったら、少しは休みたい…」なんて思っていた。

でも結局、自分の体制の一年が終わり、肩から重い重い荷が下りていくと、安堵感よりも先に身体をつくのは大きな虚無感だった。

燃え尽きるには、早すぎる。ここで止まるのは、嘘だ。「大学生活、残すは単位と内定先。」なんてチープな言葉はどこぞの誰かにくれてやろうと思った。タイミングよくソウシも同じことを考えていたのか、僕たちは団体を旗揚げすることに決めた。

最初は二人で始めた団体も、友達や後輩を誘っては引き抜き、飲んでは勧誘していくうちにようやくイッパシの人数になった。昔からの知り合いばかりだが、なかなか、魅力的なメンバーばかり来てくれた。皆個性的で、ある者はイベント職人、ある者は生粋の野球人、ある者はアフロの環境ファイターで、ある者はただのクレイジーだったりするわけだけど、それらがごっちゃになってすごくいい団体になっていると思う。

仕事も遊びも精一杯。マジでこの言葉が似合う集団。少なくとも今まで俺の見てきた少なからぬコミュニティーの中では、一番良く似合うところだ。

そんなA-BLUESでは、イベント経験者も、未経験者も自分達の枠を超え挑戦し、垣根を取り除いて親しみあい、楽しんでいる。

これこそが、A-BLUES。夜明けとともに、朝立ちBLUES!思いっきり楽しみ、思いっきり感動を味わう。そんな渦に、僕たちだけじゃなく、是非あなたも巻き込みたい。内輪だけで楽しむような肝っ玉の小さい団体じゃないつもり。そんなひとりよがりなイベントは作らないつもり。

知ってる人も知らない人もごっちゃになって楽しめるイベントを僕たちは企画しているのです。だから少しでも興味を持っていただけたら、僕たちのイベントにいらしてください。損もさせるかもしれないけど、きっと得もするはず。

面白いことは、きっといっぱいあるはず!

舞台裏はおろか、何故か宣伝チックになってしまったけど、このブログはリレーということなので、次は副代表のソウシ・一世風靡君に廻します!
以上、代表のマスダでした!!ヨロシクどうぞ!
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# by g999er | 2005-10-02 23:26 | 企画・イベント

どうも。

グレッグです。

またの名をとまそんと言います。こんにちは。

日本は最高ですね。銀シャリ最高です。天ぷらうますぎです。マサラが入ってないだけで泣けます。

日本、最高です。

というわけで、無事アフガンより生還いたしました。
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# by g999er | 2005-09-18 15:50 | →GO for Afghanistan

~GO for AFGHANISTAN~⑩「最終章」やっぱりそれは青かった。

ロンリープラネットというガイドブックがある。世界中の国々のほとんどを網羅する情報量と、『地球の迷い方』と揶揄される『地球の歩き方』とは比べ物にならないほどの情報の正確さで、世界中のバックパッカーからの支持を得ている本だ。当然アフガニスタンの情報も、あるのはロンプラくらいなもので、旅行中は俺も大変お世話になった。

しかしこのロンプラ、いかんせん全編英語なのだ。(もちろん日本語版も出ている。ごく限られた地域だけだが。)英語圏の人間ではない俺は、小一時間もこの本を読むとひどく疲れてしまう。こんなの読むくらいなら、行きたくねーよ、なんて思ってしまう。

そんな俺を気遣っているのかいないのか、ロンプラにはすごく魅力的なページがある。見るだけで癒されてしまう、写真ページだ。ロンプラはその写真集すら出しているくらいこのページには力を入れており、ロンプラの写真を見ただけで、その土地に行ってしまうバックパッカーがいるくらいだ。(決してまわしものではありません。)

アフガニスタン情報の載っている、ロンプラCentral Asiaには、アフガニスタンの写真として、バーミヤン近く(バーミヤンから片道4、5時間)の世界一美しいといわれている湖、バンデアミールが載っていた。空よりも青い青。ラピスラズリの色を持つ湖、バンデアミール。そんな風に別ページには載っていたと思う。
俺はその写真を見て笑った。こんな青いわけねーだろ。これカメラのフィルターのせいだろ、と。

訂正する。本当に青かった。嘘かと思うくらい真っ青。紺とも群青とも表現できぬ青。本当にラピスラズリだ。美しい。

コペルニクス的転回がなされる前、人類は天動説を信じて止まなかった。人々は地球は円形ではなく平面で、海の向こうは滝が出来て水は流れ落ちているのだ、と信じていた。
バンデアミールはまさにそのときの地球だった。湖の端から水が流れ落ち、滝を作っていた。俺は一瞬自分が天上人になった気でいた。

俺たちは少し離れた山道からその湖を見ていた。しかしふと道の左右にある砂漠のような山肌に目をやると、すぐに現実に引き戻された。比較的緩やかな山肌を見ると、少しうずたかく盛られた土の上に、てのひら大の岩が置かれていた。見渡すと、それが何百、何千とあることに気がついた。

墓だった。

内戦のときのものか、地雷によるものかは分からないが、圧倒的な数の墓に吐き気を催さずにはいられなかった。そして岩場や、その陰に、地雷の頭が出ているのを目にした。

ここは世界一美しく、世界一残酷な土地。
もしかしたらあの湖の青さは、魂が寄り集まって出来た色なのかもな、と考えていた。死は、美しいのだろうか。キャンドルアーティスト、CandleJUNE(彼もアフガニスタンへ来た事がある。アフガンでキャンドルナイトをやっていたらしい。)の言葉を思い出す。

「人は、この湖の美しさを守るために地雷を埋めたのだろうか。」

あまりにも美しいラピスラズリの湖。人はそのまがまがしささえ感じるほどの青さの前で、どれだけの赤い血を流したのだろうか。

そんなことを考えていたら、湖へと着いた。俺とマサキはボートを借り、人から見えない所まで行き、素っ裸になって泳ぎ、はしゃぎまわった。そんなことをしながらも、さっき考えていたことが頭からこびりついて離れなかった。あっという間に時は過ぎ、帰る時間になった。はしゃいで疲れ切った俺たちは車の中でぐっすりと眠りに落ちた。あっというまにバーミヤンだった。

バーミヤンに着くと夕方で、俺達は気さくで気のいいマルコポーロの店主とそのガキと遊び、今日バーミヤンに着いたという狭山市のヒロ君としゃべったりしながら、時を過ごした。

いつの間にか消灯の時間になって、横たわった。そして俺は毎晩そうするように、首輪につけたお守りを握り締め、今日無事に生きて、幸せでいられたことを神や仏や先祖や家族や友達、自分が信じるもの全てに感謝して、おやすみを言った。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

とまぁ、だいぶ長くはなってしまったけど、俺のGO for AFGHANISTANはこんなところだ。まだまだタリバンらしき軍団と遭遇しかけた話とか、バーミヤンのトイレはヤバイくらいに汚すぎて、インドがなんてきれいな国なんだと思えてしまったこととか、ホテルが爆破されてたり、銃撃戦があったり、話したいことは山ほどある。けれど、俺の今回の旅の目的はタイトル通り、アフガニスタンに「行って」見て感じることだった。だから往復路で重要なのは往路だけ。往路はここまでで、あとは順調に戻っていっただけだ。

今までこのブログを読んでくれた皆、ありがとう。
稚拙な文章だったろうし、もしかしたら不快な思いなんてのもさせたかもしれない。でも俺はできるだけ気をつけて、かつ自分の気持ちに嘘をつかないように正直に書いたつもりだ。それでも至らないところがあったら申し訳ない。帰国したら酒のつまみにでも足りないところの土産話をさせてください。

最後に、この旅でアフガンまで付き合ってくれたマサキ、どうもありがとう。電話で「アフガン行く?」「行く!!」と考えもせずに答えてくれたキミの潔さに心から脱帽し、敬意を表します。
それと、これを読んでくれている俺の友達。みんなメールくれてありがとう。「日本人死んだ」ってメール多すぎwでも嬉しかったよ。

ホントにみんなありがとう。感謝の気持ちでいっぱいです。また、日本で会いましょう。それでは。
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# by g999er | 2005-09-15 20:50 | →GO for Afghanistan

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衣服は肉体になにを与えたか―現代モードの社会学


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