IE9ピン留め


Never stop exploring. Who dares wins.


by g999er

Profile

'82年東京生まれ早大卒。小心者の見栄っ張り。臆病者の命知らず。
'04年夏、カンボジアにて完全無防備、スコップのみを使用し地雷除去を敢行。
'05年はアフガニスタンにてアルカイダとニアピン。'06年、軍艦島上陸。

アジア・中東累計約30カ国程訪問。忌野清志郎のライブ主催などイベント企画。色んなことをしながら現在都内の広告代理店勤務。

こんな本にも載ってます。
http://amzn.to/b01Jqt

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【改定しました】ドイツはまたナチスを作ろうとしているのか

嫌煙ドイツ 次は運転中の喫煙禁止か

[ベルリン 3日 ロイター] ドイツでは、複数の国会議員が危険だという理由で運転中の喫煙を禁止したがっている。
「タバコを吸いながらの運転は、事故の発生率を劇的に上げます」社会民主党のペーター・ダンケルトは言う。「運転中の喫煙を完全に禁止したいですね」
ドイツで最大の部数を売る新聞ビルド紙で、ダンケルトと野党キリスト教民主同盟のカテリナ・ライヒは両者揃って運転中の喫煙を禁止する法の制定へ向けて努力すると語った。
ライヒは運転中の携帯電話の使用が禁止されたことに触れた。
「タバコは携帯電話と同様に危険です。罰金も含め、喫煙を禁止する新しい法が必要です」
ドイツの自動車クラブADACの広報担当者ライナー・ヒルゲルトナーは、この案に賛同しない。「運転しながらチョコレートバーやバナナや魚のサンドイッチを食べるのだって同じように危険じゃないか」


ええ。うまいですね。この記者、とかっていう話ではなく。
この思わず笑いのこぼれてしまう落とし方、、っていうことでもなく。真面目に語りましょう。

僕はどうしても、禁煙、というワードを耳に入れるたびに「健康なドイツ国民の育成」を標榜した、ナチスドイツ下の【禁煙政策、たばこ撲滅運動】を思い出してしまうのです。
ナチの禁煙政策は後々文化抑制のためのツールであったと分析されていますが、たばこを文化として捉えるなら、現在の日本の、全てが全てを「禁止」しようとする政策(風潮?)は、非常にナチ的といわざるを得ない。

文化抑制の歴史は、そのほとんどが、戦争、侵略、独裁の歴史だというのは周知の事実でございます。有名な話だと、もちろんナチスドイツでの迫害もそうだし、60’sアンゴランミュージックが受けたポルトガルの侵略による規制や、カストロ政権下のキューバでの芸術家迫害がありますよね。

いま、思い出したんだけど、一昨年アメリカで公開されていた、ジョニーデップ、ショーンペンらの名演で話題を呼んだ映画、ジュリアンシュナーベルの夜になる前にというものがあります。

この映画、カストロ政権下で迫害されていた作家レイナルドアレナスの一生を追った(再現した?)もので、芸術家・知識人たちはすべて政治の敵とみなされた当時のキューバの背景を非常に物々しく描いています。

この映画を見てても思うのは、文化って人々にとって「考えるためのツール」になりやすいものだよね。それに嗜好品といえば嗜好品だから、共産主義に不必要といわれたらどうしようもない。

でもね、ぼくが思うのは、「考える」っていうのは人間にとって最低限保障されるべき権利なわけですよ。全員が同じものを食べて、同じ服を着てたらおかしな話でしょ?一人一人が違う考えが持つのって、環境や文化が違うからじゃない。

で、脱線した話を戻すとさ、なんでどこも「禁煙」なわけ?って昨今の日本の姿勢を見て思うわけです。たばこ好きな人間もいるわけじゃん。

確かに一部にはマナーを守れない喫煙者もいるけれど、それは個々人の問題だし、罰金規定なんかを作れば済む話だと思うんです。そんな中で、今でも肩身の狭い思いをしながらもマナーを守る愛煙家はいるんですよ。その人にとっては、喫煙できる場所が減っていくというのは、とても心苦しいものでしょう。それに、喫煙できる場所が減っていったら、その人は、「喫煙」という文化、「たばこ」という媒体を失う事になるんじゃないかと。
これって一種の文化規制ではないかと思うわけです。

分煙には全くもって賛成だし、ぼく自身、たばこを制限している人間にとっては、他人の吐いた煙を吸うことは非常に不快なことです。でもね、でもただ!!w

電車から降りて、ダッシュで馬場駅外の喫煙スペースに向かうリーマンのオッちゃんを見ると、涙が出てきますよあんた。

ぼくが言いたいのは、「どこだって煙草を吸わせろ!!」とか「みんな生きてるだけで二酸化炭素を口から出してるんだから、俺だって被害者じゃい!!」とかじゃなくってね、、、もう少しマイナリティーの権利を守りませんかってことなんですよ。

マイナリティー、特にマイナリティーの持つ文化を迫害することで起こしてきた数々の悲劇を、何でこうも生かせないのだろうと思ってしまうのですよ。

喫煙という文化を規制する日本(ドイツも)の風潮は、このままいけばまた違う文化すら否定して、ゆくゆくは第二のナチス、第二の大東亜共栄圏すら作ってしまうのではないか、と私、一留確定の馬鹿田大学生は今日も過大な心配をするのでありました。
by g999er | 2005-05-08 18:30 | News

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